月別アーカイブ: 2021年2月

スペア

結局注文することにした。

移動局とは言え、ここのところV/UHFの運用でおばけポールを使うのはコンテストの時だけである。

ふた昔は50MHzでもう一つ大きなポールを高々と伸ばしていたのだろうけど、最近ではかなり減ったのではないかと思う。かくいう私もホイップで出ていることが多い。あと何年こういう運用スタイルでできるかわからないが、リザーブを作っておくことにした。もちろん輜重車にタイヤベースを踏ませて使うことも考えている。

それにしても廃業が多いのが気になる。QSLカード屋マイクロウエーブや小物キット屋など家内工業的な会社が社長の高齢化などの理由で廃業してしまうのは寂しい限りである。もちろん後継者を立てることができるような市場がないこともあるだろう。

今後は一部生き残ったメーカーによる寡占化が進むだろう。その先には「中華製」がメインになってしまうのではないか。

もっとも自分がその時まで無線(移動局)しているとは思えないのだが。

1405 PK27

必要至急の用事を片付けるためにIB県へ。IB県は一時期住んでいたこともあるのだが、そのころからは様相が変わってしまった。目を引くのは圏央道とそれに付随するショッピングモールだろう。果たしてどの程度経済効果は出ているのだろうか?

今回は1405市の運動公園である。たぶん1405市からの運用は初めてではなかろうか。

ホームページには石岡運動公園とあるが、この看板は石岡市運動公園である
アンテナ部分のみ

HFの移動運用を行うのは久しぶりである。風が強く畑から土埃が舞い上がっていた。体感温度は寒かったが日差しは柔らかく公園では散策や運動をしている人がたくさんいた。

あらためて調べてみるとIB県は緊急事態宣言が発出されていない。だから人が多いのだろう。こちらは部外者である。

1時間7MHzを運用して終了した。

拾伍萬㌔

移動運用専用車両が無事150000kmの走行を記録した。毎回「キリ番」のとき走行しているかどうかが気になる。(前回は夜中の東名で某所をちょっとお借りして撮影した記憶がある)今回はちょうど清水PAに入ったところで記録。記念写真だ。

15万キロ

まだまだ走れそうだがやはりポンコツである。ボロアパートに住まう人間にふさわしいだろう。先日新東名は御殿場から浜松いなさまで制限速度が120km/hになった。まだまだちゃんと120kmで巡行できるから頼もしい。当面の目標は20万キロである。

使い方にもよるけど、やはり外板には傷が増えてきた

見ての通り後ろに何もついていない。今回はほかでもない慣熟のためC172を操縦しにRJNAまで出張った。TGL3回。格納庫でソーシャルディスタンスを保ちながら歓談。今朝の未明に帰宅した。

50MHz J3E

今日は関東UHFだった。今回は巣ごもりである。対象が430MHz以上なのでとりあえず430MHzのCWに出てみる。このためにボロアパートのアンテナを少しだけグレードアップ(2段のホイップから3段に変更)してある。そこそこのペースで呼ばれることを確認。

コンテストが終わった後、50MHzを聞いてみた。するとCQを出している局がいる。調べてみると過去に30回ほど交信している記録が残っている。もちろんCWオンリーだ。これ幸い?と呼んでお話をした。先方も少し驚いていらっしゃったように聞こえる。移動運用ができるようになったらまた呼んでください。

50MHzについては6月ころのEスポに出るとそれで終わってしまうケースが多い。一度8エリヤに行ってEスポを体験してみたいとは思っているのだが…(沖縄からの運用では経験がある)

しょうじょう

IMEで「しょうじょう」を変換するとたくさん出てくるが、意味をしっている単語がほとんどないことがわかった。。。そういえば国語辞典って引かなくなって久しい。

ということで 第63回フィールドデーコンテストの賞状が届いた。

ちゃんと「令和3年」になっていた

一方、TKCWコンテストは嫡外であった。

新橋

所用で新橋まで出向いた。もちろん「必要至急」の用件である。JRは全部着席。ガラガラではないがやはり少ない。東京駅では回送中の185系が反対側のホームに止まっているのを撮り鉄の方が写真撮影をしている。彼らも「必要至急」なんだろう。

新橋駅到着。休日に来ることはほとんどないので比較は難しいが、明らかに人は少ないと思う。試しにニュー新橋ビルに入ってみたがやはり少ない。ちなみにここに味仙があったけど、これって本物?というのは近くに味仙を名乗る店がたくさんあるのだが、これらはどうやらパチもののようだ。(もうひとつ別の味仙に入ったことがあるがリンクはみつからなかった)

以下写真は12:00ころの新橋の風景である。

駅もガラガラ
いつの間にかでかい屋根ができている
SL広場もガラガラ

新橋界隈を歩いていると「閉店」の張り紙が目立つ。結局味仙ではなく、博多天神というラーメン屋で昼食をとる。

博多天神
ラーメン 500円 替え玉1回無料

おっと、こんなことが「必要至急」ではない。今回新橋に行ったのはほかでもない、航空安全講習会に参加するためである。新橋はいろいろ航空関係の団体が集まっているのだが、今回訪れた航空会館ビルは航空図書館航空神社(残念ながら今日は休業日だった)があることで有名だ。

日乃屋カレーは休業していた
航空会館

13時から4時間ほど講習を受ける。今回は滑空機な団体が主催であったが、団体紹介を聞くと会員の年齢構成は某連盟と似たり寄ったりだとのこと。今の若い人(40代以下)たちって何を楽しみにしているのだろうか???

この講習会の参加は義務ではないが、義務である特定操縦技能審査の口述審査の一部が省略されるというメリットがある。あくまでも一部なのでどちらかというとこういうのを受講すること自体を楽しみととらえている。

一方でアマチュア無線のほうであるが、一度免許を取ったら(最近は2日の講習でほぼ100%取れるらしい)あとは法律がどう変わろうが講習の類はない。昔は電波法の法令集の抄録が局の備え付け書類であったが、いつの間にか備え付けの義務ではなくなった(私はこの瞬間アマチュア無線がCBになったのだと思っている)。したがって、最新の法を知らないままの人がほとんどだと思う(私もその一人)。その結果、バンド内をワッチしていると「なんだこりゃ?」というような方が増えていて、自浄作用もへたくれもない状態になっているような気がする。

なんか近く「講習会の受講が再免許の条件」になる日がくるような気がしてならないのだ。

NIL

巣ごもり期間延長である。もうしばらくは「メイン各局」である。そんななか先日430MHz J3EでQSOを行った。たまたま、SSBバンドをワッチしていたところ、強力な信号の呼び出し局を受信。こういうとき私的に「ちょっとどーかなー」というような調子のCQingは応答しないケースが多い。(どんなことかを具体的に書くと「それは私のことを言っているのか」という文句のメールが届いたりする。まさか「はい、おっしゃる通りです」とも言えないのでそのまま放置することになる。そんなこともあって具体的には書かないことにしている)

基本に忠実なCQingであることから、この方のCQに応答することにした。ハムログでチェックすると2回 CWでのQSOが記録されている。交信を始めると先方から「3回目のQSO」であることと「初回は1995年8月」というお話が返ってきた。「あれ?」と思い初回QSOの日を確認するとログには交信の記録が載っていない。さらにお話を聞いたら「8エリヤにて」というお話。当時はまだ移動運用を本格的にやっていなかったので記録がない。

当時の貴重な写真?

そんな楽しいQSOが終わったあと、あらためてQSLカードのデータベースを検索した。すると確かにカードをいただいた記録があって、コメント欄に「NIL?」と書かれている。早速返事のQSLを出そうと思う。

1995年といえばふた昔前である。ログの片隅にそんなことが書いてあったことに感心した。そして、こちらも当時の状況を思い出すことができた。こんな邂逅もあるのだなと感心するとともに、もうしばらくはメイン各局でもいいかなと思い始めた。